もうひとつの七夕物語

投稿日時:2010年07月07日 22時02分

今年は催涙雨=七夕の日に降る雨の事
この雨が降ると天の川の水かさが増し織姫と彦星が互いに川を渡れず会えない事から”織姫と彦星の涙”とも呼ばれる。

昔は実家にある5~6メートルはあるであろう笹に毎年母と二人で短冊を書いたり飾り付けをしたりしていたが、いざ家の外へ設置して見上げてみると笹ばかりが大きくて飾りにボリュームがなく物足りなさを感じたものだ。

そんな七夕過ぎて翌日に雨が降るとなると、もうテンション下がる一方この上ない

翌月8月6日までは飾っておいて7日には近くの海へ流しにいく”七夕流し”の日を迎える頃には、すでに短冊も飾りも風雨にあおられ枯れた笹だけが残る。

七夕流しは、その昔、棚機津女(たなばたつめ)=機織り機で布を織る巫女を年ごとに村の中から一人選び旧暦の7月7日に人里離れた水辺の機屋の中で、 その夫たる神様を、その衣を織りながら待ち訪れた神は棚機津女の村に豊穣を授け
代わりに穢れを持って立ち去る時に七夕飾りを川や海へ流し送りだすといった古事記の伝承がある。

その為”七夕送り”とも呼ばれるが地方によって多種多彩で海や川ではなく畑にもっていって立てるという事もあるようだ。
実家では流す日が翌日ではないのも地方の風習と言えるだろう。

禊(みそぎ)をして神に託した事から、川で禊をする、身を清める習慣が「七夕流し」、「七夕送り」となり飾りの笹などを川や海に流すのは、お盆に祖先の霊を迎えるための『お祓い』の行事でもあったと伝えられている。

とまあ、”七夕流し”の起源が、こんな背景があったとは当時の幼い自分が知るよしもない汗。

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